固い桃とは

桃は固きものこそおいしけれ。

帰省したらとって24時間経過していない桃が3コンテナありました。
手のひらからあふれんばかりの大きな桃がたくさん。
食べていいといわれ、2つずつ運んで、皮を剥いて食べました。
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木からとった桃は、いきいきしています。

お店に並んで食べる人が口に運ぶまで何日かかることでしょう。
1週間くらいかかるようなこともあるかもしれません。

店頭にも出ていますが、桃は非常に傷みやすいくだものです。バナナどころではありません。
置いてあるだけで地についていた部分は重みでやわらかくなり、
木から栄養がもらえなくなっただけでやわらかい皮の中にある白い果肉は黄色くなり、
どんどん追熟がすすむ、悲しいくらいに別物になってしまいます。

私の郷土の人々は固い桃が好きだという人がよくいます。

固い桃。

都会の人々は桃はやわらかいもの、自分で皮がむけるくらいやわらかいもの、と思っているかもしれません。
しかし、それはもう本来の桃ではない、と山梨県民は知っています。

さて、固い桃ですが、こんなにたくさんとれるわがやでも、なかなか出会うことはありません。
今回、運良く固い桃に出会えたので、その様子を写真でお伝えします。
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これが固い桃です。白さが尋常ではありません。

下のほうは、青い部分があります。なみだーがーあふれーるー真夏の果実はー。
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このくらいなら切っても汁がぐじゅぐじゅになったり、実がつぶれることもありません。
そして、しゃきしゃきとしていて、私の歯を受け入れるのにちょっとした抵抗を感じつつも
かむとやわらかく受けとめてくれるのです。固い桃。

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この鋭さを保った桃。
りんごのようという人もいます。
しかし、りんごのような細胞のつぶれるのに似たしゃきしゃきとはちがった
繊維がつつみこむしゃきしゃきは、この時期この場所でしか得られません。

自慢です。

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ふるさと

そうですね、私の故郷は
いがいとらんぼうな方言をつかいます
ほかの地域の方も故郷の方言について同じように言いますが

らんぼうな方言もですが
きほんてきには相手をけなしたりとがめたりして
そうして磨きあうようなところがあります

そうですか、実際そうだと思うんです
こうして故郷をはなれて、たまになつかしい友人に会っても
できるだけ故郷のはなしをせずに
むかしばなしだけにしたりすることもしばしばです
もちろん故郷がいいという話をすることもありますが
きっと故郷にかえれば、
ああではない、これではだめ、というにちがいありません

いえいえ
否定するのがだめだという話ではないんです
これがわたしの故郷の文化だと思うんです
そういう文化をあなたがどう思うかはわかりません

しじゅう自分のこどもをほめて育てているような家は
たしかにこどもがうまく育ちません
いまどきはどうかわかりませんが
いじわるになったり、わざときびしくしたり、叱咤しているほうが
わたしの故郷に似つかわしく
それがわたしのふるさとの味だと思います

どうですか、理解しがたいでしょうか
その故郷から日本や世界に誇るべき人が何人も出てきていること
わたしたちはとてもほこりに思っていると思います
ただ口ではなかなかいいませんが
あいつは故郷のことを忘れているんじゃないかと
その誇るべき人々を揶揄することもときにありますが
それすらわたしの故郷のやりかたで
その人々をほめたたえて応援しているかたちなのです

どうでしょうか、わかりませんか
いえ、それでいいと思います
だってわたしの故郷はあなたの故郷ではないのですから
あなたにはわからなくてもいいのです
ただすごくいいところなんです、私にとって

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オルゴール使いの巻

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彼岸に帰省してました。法事。

デナリさんがなぜか山梨で大活躍だというので、見てきました。ワクワク。

山梨県立科学館デナリさんの描いた絵によるプラネタリウムを見てきて、午前中からはその原画展をやっている清春 旅と空想の美術館に行ってきました。

デナリさんの絵はすごい。

いままで曲線や全体の輪郭線が印象的だと思っていて、デザイン性が高いというのか、
「強い絵」「かわりのきかない絵」という印象をもってました。

が、プラネタリウムの絵は、モノクロなのに、すごく表情豊かで
物語のなかに出てくる登場人物にぴったり。
でも、見ていて、デナリさんの絵だとわかる。

「かわりのきかない絵」ということは、
ストーリー(登場人物)がつくとなると、絵の特徴を抑えていないとうまくつりあわないのではないか
と思っていましたが、そんなことはまったくない。


ストーリーに集中できて、いまも頭に残り、
しかもイラストが同時に頭に浮かびます。
描いた人のタッチまで含めて組み合わせて印象に残り、
デナリさんの絵しかありえない作品になって記憶に残っているのです。

いや、すごかった。


原画展は3月いっぱいですが、
プラネタリウムは山梨県立科学館で7月13日まで続き、
さらに日立シビックセンター(茨城県)でも上映されてるみたいなので、
ぜひ観たほうがいいです。おすすめしたいと思います。

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アド街ック天国◇甲府編

そんな番組があったそうで。

東京近郊の人はちょっと足を伸ばして紅葉を、というのに甲府はいいのかもしれません。
甲府以外のエリアも含められたらおもしろそうなところに心あたりがあるけど、甲府しばりで30個見つけてきたスタッフさんがすごいと思いました。

まだあのへんにあったパスタ屋さんとか、あるのかしら。

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花鳥山の春のシンボル

ひとんちの庭に、タンポポとほとけのざとオオイヌノフグリが咲いてました。

深く若々しい緑に咲く黄色、ピンク、青のトリオは子どものころからの、平和で幸せな季節の象徴です。

って、翻訳みたいな文章ですが、ほんとにそうだと思いました。

実家では、毎年この時期、花鳥山を見ると、丘一面にタンポポが広がるのですが、遠くにみえるあの黄色のポツポツが、何かの文字のかたちに並んでるんじゃないかと思って謎解きみたいにずっとずっと見ていました。
今年こそは何かの文字になるんじゃないかと。

小さい頃からハンデだと思ってきたことが、いまはぜんぶアドバンテージです。

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甲州弁

母国語を学ぶ必要はないという人がいてびっくりした。

この人は日本が他国の脅威にさらされたときのことに想像が及んでいないのだと思う。

今日、たまたま甲州弁を話す人が15人ちょっと集まって新宿で飲んでいたのだが
同じ故郷で、同じ訛りをもっている
というのは確かにほかのどこの誰かわからない人と会うよりも安心する。

そんな飲み会のあとに、日本人が日本語を学ぶ必要はないと言っている方の日記を読んで
とんでもないと思った。

そういう人が日本にいるというのは危険だ。
どこか他の国が日本という国をなくそうとしたとき、まっさきに行うのは日本語の禁止だ。
そして、日本という国をまた日本人によって作ろうとするとき、その準備は日本語によるものだ。

チェコ人が長いドイツ語支配から逃れたとき、「チェコスロバキア連邦」という国を作ることができたのはチェコ語があったからだ。
ヨーロッパの陸続きの国では、言語がその人の国民性や民族の証として機能する。
言語をもとに、他の国を区別していく。

日本は幸いどこからも攻められた歴史はなく、日本語も誰にも止められることなく進化してきたし、
ときには他民族に日本語を教えるようなこともしてきた。

だからといって、日本人は日本語を学ぶ必要はない、というのはかなり乱暴な見解だ。
環境が日本人の日本語を作る、というのは事実だが、
日本人が日本のことについて無知であるということは、日本人が生きていくことを危うくするし、
他国と違う言葉を話している、という意識があってこそ、他の国を尊重したり、自分の国を大事に思ったりすることができる。

自分がうまい文章を書ける人でも、他の人の日本語教育の機会をなくせという権利はない。
なぜ私たちが日本人なのか。
それは国が決めることではなく、親の血が決めることでもなく、
日本語を話す日本人とコミュニケートできること、がまずあるのではないか。
あたりまえすぎると思われるかもしれないが、
これが揺らいだら、日本は高齢化でもなく少子化でもなくアメリカの植民地化でもなく、自滅していくだろう。

日本人は日本語を学ぶ必要はない、というなら、その人は外国語を使って生きていけばいいと思う。
ただ、そういう人が日本の大半を占めたら、日本がどうなるか考えてみたことはないのだろうか。

幸い、日本語でヨーロッパやアメリカなどの複雑で残酷な歴史が読める。
言葉だけの問題でなく、自分の生きている安心感、居場所を支えるのが日本語なのだということを
他の国の歴史から学んでみてはいかがだろうか。

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帰省途中

富士山が美しい。
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粉雪[甲州弁 ver.]

レミオロメンの新曲がすごく流れてるので、またも甲州弁に直してみる。
不覚にも、甲州弁にして寝る前に歌うと、一日に感謝しますよ。
全国90万人の山梨県民と出身者に。


粉雪

粉雪舞う季節はいつもすれ違い
人混みに紛れても おんなし空見てるだけん
風に吹かれて 似たように凍えるだけん

おれはおまんのすべてなん 知らんずら
だけん一億人から おまんを見つけただ
根拠はねーけん 本気で思ってるだよ

些細な言い合いもねぇで おんなし時間を生きてなんいけん
素直になれんじゃあ 喜びも悲しみも虚しいだけずら

粉雪 なぁ 心まで白く染められたじゃあ
二人の孤独を分け合うこんができたらか

おれはおまんの心に 耳をおしあてて
ほの声がするほうへすっと深くまで
下りていきてぇ そこでもう一回会わだぁ

分かり合いたいなんちゅう 上辺を撫でていたのはおれのほう
おまんのかじかんだ手も 握りしめるこんだけで繋がってただに

粉雪 なぁ 永遠をめぇにほんねん脆く
ざらつくアスファルトの上 しみになっていくじゃん

粉雪 なぁ 時に頼りなく心は揺れらぁ
ほれでも おれはおまんのこん守り続けてぇ

粉雪 なぁ 心まで白く染められたじゃあ
二人の孤独をくるんで 空にかえすけんど

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中学時代の部活

中学時代はいちおう卓球部にいて、いちばん体育館入り口に近い場所で球拾いをしてた。
たまにバレー部やバスケ部のボールが飛んでくると、ついでにとりにいった。

土曜だったか、バスケ部のボールが転がってきて、玄関まで拾いにいくと、男子バスケ部でいちばん背の高いイシカワくんが笑顔でおいかけてきてくれて、黙って重いバスケットボールをパスした。

ボールありがと、受け取るよ、という笑顔をしていたイシカワくんは大人だと思った。
私は子供みたいに、必死に拾い、必死でパスした。
恥ずかしくて何も言葉は交わせなかった。

あんな小さい中学校でも、やさしい人や成熟した男の子はいたものである。

いまは、才能あふれる人とたくさん出会っているが、イシカワくんのような笑みをなげかけてくれる人はなかなかいない気がする。

みんな自分に一生懸命だ。イシカワくんがなつかしい。

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3月9日[甲州弁ver.]

結婚式が多いこの季節、レミオロメンの「3月9日」を甲州弁で歌おうと思います。
郷愁にむせびますな。


流れる季節の まんなかで
ふっと日の長さを 感じらぁ
やせったく過ぎる 時のなかで
おまんと俺で 夢をえがかぁ

3月の風に 思いをよせて
桜のつぼみは春へとつづくらに

あふれっけぇる 光の粒が
ちっとんずつ朝を あっためらぁ
でっけぇあくびを した後に
ちっと照れてる おまんの横で

にいしい世界の 入り口に立ち
気づいたこんは 一人じゃないっつこん

瞳を閉じりゃあ おまんが
まぶたのうらに いるこんで
どんだけ強くなれたらか
おまんにとって俺もほうでありてぇ

砂ぼこり運ぶ つむじ風
洗濯もんにからまるけんど
昼前の空の 白い月は
なんともきれえで 見とれとう

うまくはいかん こんもあるけんど
天を仰げば ほれすらちっこくて

青い空は りんと澄んで
羊雲は 静かに揺れらぁ
花咲くんを待つ 喜びを
分かち合えるでありゃ ほれは幸せ

こっから先も 隣で そっと微笑んでくりょう

瞳を閉じりゃあ おまんが
まぶたのうらに いるこんで
どんだけ強くなれたらか
おまんにとって俺もほうでありてぇ

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映画の名ゼリフを甲州弁で

ここを見習って。

タイタニック
「とんでるじゃんけ! おれ、とんでるじゃんけ!」

マトリックス
「おはようごいす、アンダーソンちゃん」

スーパーマン
「鳥ずら」
「飛行機ずら」
「いや、ありゃスーパーマンずら」

ターミネーター2
「また来るけんども」

スターウォーズ
「ルーク、おれはおまんのおとうだっつこん」
「いやーにきまってるっつこん」

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